我々は今までにフィジカルチェックから未来の投球障害の発症を予測するシステムについて紹介してきました。


今回は発症予測システムを導入することで有病率を低下させることに成功しましたのでご報告いたします。

目的です。

選手は、はじめは無症状ですが、しだいに無症候性の機能低下が起きて、障害予備群となります。


そのまま練習を続けていくと機能はさらに低下して投球障害を発症します。

投球障害を発症してしまった選手に対し、医療機関で治療を行うことはよくありますが、復帰までなかなか難渋するケースは多いです。


「発症してしまった後に治療する」という考えだけでは、チームの有病率を低下させるのは困難であると感じます。

そこで我々は…

無症状のときから選手に対してフィジカルチェックを行い、

その所見から未来の投球障害の発症確率を予測し、

その予測結果をフィードバックすることで選手の予防意識を向上させ、


そして…


障害を予防し、有病率を低下させることができるのではないかと考えて今回の取り組みを行ってきました。

方法です。まず発症予測システムについて説明致します。

2012年のチームに対して28項目のフィジカルチェックを行い、その後、前向きに6ヶ月間経過を観察しました。


そしてこの6ヶ月間にどの選手が投球障害を発症したのかを調査しました。


フィジカルチェック28項目と投球障害の発症の関係についてロジスティック回帰分析を行いました。

ロジスティック回帰分析を行うことで発症に関連する危険因子を同定し、発症を予測する回帰式を算出しました。

今回の6ヶ月間の経過観察中に33%の選手が投球障害を発症しました。


投球障害の発症と有意に関連のあったフィジカルチェック項目は挙上位外旋、肩甲帯内転、踵殿部距離の3つでした。

3つのフィジカルチェックの結果から発症を予測する回帰式を算出しました。

そして、3つのフィジカルチェックの結果を回帰式に入力することで発症確率を予測できる「発症予測システム」を開発しました。

このシステムでは、選手ごとに発症確率を予測するだけでなく、その選手にとって最も機能低下が見られている箇所も提示されます。


その機能低下がみられた箇所を重点に、自主トレを指導していきます。


挙上位外旋機能に低下が見られた選手に対しては腹臥位で行うインナーマッスルトレーニングを指導します。

肩甲帯内転機能に低下が見られた選手に対しては背臥位で行う体幹回旋ストレッチと体幹伸展を意識したブリッジex.を指導します。

踵殿部距離に低下が見られた選手に対しては側臥位で行う大腿四頭筋のストレッチを指導します。

次は、システムの介入効果の評価方法について説明します。

開発した発症予測システムを次年度の2013年チームに対して導入しました。


フィジカルチェックを行い、その所見から発症確率を個別にフィードバックしました。


導入直後に予防意識に関するアンケート調査を行いました。

その後、チームの有病率の推移を経過観察しました。

結果です。

「発症予測結果をみて障害を予防していこうと思いましたか?」という質問に対して

「とても思った」または「少し思った」と答えた選手は合わせて96%いました。


また、「障害予防を目的に新たに行い始めようと思ったものがあれば教えてください。」という質問に対して「弱点に対する自主トレを開始した」と答えた選手が79%いました。


この結果から選手の予防意識が向上したことがわかります。

グラフは投球障害(肩・肘痛)の有病率の推移を示しています。


オレンジ線はシステム導入前の2012年チームの有病率の推移です。

みどり線はシステム導入後の2013年チームの有病率の推移です。


投球障害の有病率は2012年チームに比べて2013年チームでは相対リスクが21.6%減少しました。

さきほどは、投球障害の有病率を示しました。有病率は、障害発生率と有病期間の積で表されます。


このスライドは、そのうちの障害発生率をみています。


投球障害の発生率では、肩痛では大きく減少しました(相対リスクが20.6%減少)。

肘痛では大きな変化は見られませんでした。


したがって、今回の有病率の低下は、肩痛の発生率が低下したことが大きく影響したと考えられました。


本システムは、いまのところ投球障害の中で肩痛の予防効果があると考えられました。

考察です。

我々は投球障害予防の問題点というのは…

無症状の選手たちの油断や無関心といった「予防意識」の低さにあると考えています。


今回、そうした選手に無症候期から発症確率を予測し、それを即時的にフィードバックすることで、予防意識を向上させ有病率を低下させることができました。

今後の課題ですが、今回の介入では肩痛に関しては障害発生率が大きく減少しましたが肘痛に関しては大きな変化は見られませんでした。


今後は肘痛を減少させることのできる介入方法を考案して、さらに障害発生率を減少させていきたいと考えています。